とねりの庭

下々ノ者ノ下ノ庭


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勇気

空気、プライド、雰囲気、スタンス。
守ることはかっこいいことだ。
その裏側にある素直でやわらかい自分自身の心の問いかけに答えることもせず、信念は持ちながらも本心ではないかっこ良さを演じる人間を私は信用しない。
いいものはいいと言う。表現する。他の人がなんと言おうと、自分はいいと感じたのだから、それを消化して自分のものにしよう。いいものに対していいと言える素直な行動、そして素直な感情やそれらを表現することで生まれるプラス作用があることを理解しよう。
他人の評価は関係ない。自分が感じたままの気持ちを表さないことが美徳と思っているなら、それは思い違いだと気づくべき。他人の評価を気にしているという時点でかっこ悪いと気づくべき。
自分を守るのが自分であるなら、自分が自分として存在していることをしっかりと意識するべきだ。
そして、その意志を持っているなら、自分自身が周囲に認知されるようにすることを怠ってはいけないと思う。
クールな時代に於いて暑苦しいことばかり語るが、これはどれだけ時代が変わろうとも普遍のものだと信じている。


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知らぬは一生の

勝手な言葉のイメージと間違った思い込み。

カラッカラに乾いた倉庫の片隅でジッと巣をはるクモ

田舎の雑貨店、レジ打ちバイトが外を眺めるブラインド、その擦れる音

7月のにおい

小さなカタツムリ

玄関先で拾い上げた

殻をこわす

やわらかい

※出典「日本のチベットからこんにちは」
こういうのを「散文詩」というのだと思っていたがさにあらず、
一刻ごとに色を変える空のように、あたしは変わるかもしれないけど
「夏の夕暮れ」が太古の昔から変わらないように、あたしは変わらないよ。
※出典「貯水池の森」

「散文詩」に近いのはこちらのほうだった。
さらに調べてみると、
>詩には定型詩と自由詩の二大別があり、自由詩の中に散文詩があります。>句読点やカギカッコなどの記号があって、1文ごとに行替えをしていない、ふつうの物語文みたいな体裁で書かれているものが散文詩。
>1文ごとや数句ごとに行替えがしてあって、句読点などがない、見た目「下半分が空白!」なのが自由詩です。
とのこと。なるほどね。
わかっている人には当たり前なんだよね、こんなこと。
勉強になりました。
この写真、上下さかさまなんですよ。わかる人にはわかるのかも知れないね。


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寂しい! と書いてみる。

ふとしたことで涙がポロリする日々です。

恒例のおセンチモード。
感動しやすくなるだけならマシなんだけど、寂しい気持ちにもなりやすくなるのが厄介。
経験上二週間ほどで居なくなるのはわかってるから、この日々もあと数日ってとこかな。でも今までと違って、ケアらしいことをしないままだということがちょっぴり不安。
ケアというのは、どんどん泣いちゃうことと気持ちをネットに吐き出すこと。
泣ける映画や音楽に浸って強制的に泣ききる!でも今回はそれをするヒマもないままだった。
まてよ。よくよく思い出してみれば、HONDAのCMとEXILEの「道」に出会ったんだった。
今こうしてネットに吐き出してるし。
やっぱり出口は近いな。うん。
「欲しかった言葉が欲しかったタイミングで与えられた」のはこのCM。
Honda CM「負けるもんか」プロダクト篇
ファンには申し訳ないが、日頃エグザイルはほとんど聴かない。
そんな中、fbの友達に紹介された曲「道」。


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男の豆腐ハンバーグ

男の料理なんてもんはテキトーでよい。ただし清潔にな。
50-70gくらいの挽肉は豚でも合い挽きでもいい。気にすんな。あとはテキトーに炒めておいた玉ねぎ、豆腐一丁、卵一個分、赤ワインor酒、塩、コショウをボウルにぶっ込んで、ぐっちょぐっちょ混ぜてこねてする。
指の間むにゅにゅ~を楽しめ。
ナツメグ? ねーよそんなもん。
普通のハンバーグより柔らかいから硬さ調整のためにパン粉投入。量はタネの柔さを見ながら。入れすぎると美味しくないし、少ないと焼いてる時に崩れやすい。しかしテキトーでいい。でも入れ過ぎだけはすんな。
形成もテキトー。空気抜きキャッチボールもしなくていい。並べて焼け。中火で焼け。早く食いたけりゃ蓋しろ。
焼いてるうちに大根おろしとけ。多めに作れ。水は切っておけ。大葉があるなら冷蔵庫から出しとけ。キャベツの千切り始めろ。
テキトーに焼け具合を確かめて裏返せ。キャベツの千切り続けろ。皿用意してキャベツ盛れ。
いいくらい焼けたら皿に乗せて大根おろしを乗せろ。高い円錐な。
ポン酢ぶっかけろ。だばだばっと。塩分はもう充分入ってるさ。
ほら、大葉忘れたろ? 円錐おろしにペトッってくっつけとけ。いいから。
できたぞ。食え。ただでさえポン酢でぬるくなってんだからさっさと食え。

こんだけ簡単にできるんだがな、どれが欠けてもイマイチにしかならねんだ。
肉や豆腐がなきゃそもそも豆腐ハンバーグじゃねぇしな。
塩コショー酒が入らなきゃ寝ぼけ味もいいとこだ。
つなぎの卵がなけりゃボロボロだし風味も出ない。パン粉入れなきゃユルすぎる。
大根おろしがなかったらポン酢だけで食わにゃならん。ケチャップ? あれは普通のハンバーグの時に使ってやれ。


忘れちゃなんねぇのは、こんなもんでも食ってくれる人がいるってこった。
そして自分で食って旨けりゃ文句はねぇな。

以上、それぞれの役割があんだぞって話よ。
いいか、今日は10種類の材料だ。わかるな?
オレは卵な。つなぎ役だから。これは譲らん。

桃井、たまごハゲ。

 


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一コマ。

昨日午後に降りだした強い雨は黄昏の時刻をもって小降りとなった。
厚い雲がゆるると切れ間をつくり、町はにわかの夕映えでオレンジ色に染まった。
西の山に沈もうとする落陽が海に架ける特大の虹。
十五分だけ現れた七色の残照。
「10秒早くても遅くても出会えなかった」
「この瞬間にかまえていたから切り取れた」

写真を撮っているとそう感じることがしばしばある。
夕日に向かって車を走らせていた18:30。雨が小降りになり、明るい夕日が山の上にあった。
もしやと振り返ったらやはり虹が架かっていた。それも特大の。
この一瞬を写真に収めたくて、踵を返し海へむかうことにした。タイヤに踵はないけれど。
グレー、ブルー、ベージュ。複雑に混ざる空色に浮かぶ鮮やかな虹は分毎に薄れてゆく。
愛宕の水門をくぐった時には、もうほとんど消えかかっていた。きっとCPLをかませたところでまともには写らないだろう。
車を停めて窓を開ける。湿った海の風が車内に流れ込む。
消えてゆく虹を二つの目でしっかりと見とどけた。

止まない雨はない。
雨の後には虹も架かる。

写真には残らなくても、記憶には残る黄昏の一コマだった。


とかなんとかいいながら、やっぱり悔しくて。そんな気持ちでシャッターを切るのであった。