とねりの庭

下々ノ者ノ下ノ庭


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休日論。

結局ろくな盆休みもないまま2012年の終わりに向かう。
こんな生活を20年も続けていると、休めないこと自体へのストレスはあまりない。
仕事は楽しい。内勤に不満はなく、外回りは好きだ。外回りで出会う人々や場所で新鮮な感動が得られる。そいうことで小さなストレスは発散されているような気もする。

休日そのものの有用性は知っている。
好きなことだけをしていられる一日の気持ちよさは他の何とも比べることができないものだし、翌日からの仕事への姿勢も変わってくるから、やはり休暇は取るべきだ。

自分が乾いていることを感じている。せめてもの潤いにと日々写真を撮り文字を書く。
これは、週に一度の満タン給油はできなくても、毎日1リッターの給油をすることに似ている。
不意に長距離を走った時に息切れするのも自明なのだ。

友人は語った。
「深呼吸という行為が今までの生活でなかった」

あるにこしたことはない休日だが、どう過ごすかが大切なのだ。

たとえ乾いても腐らないように生きよう。


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Sweet Memories.

どこの折り詰め弁当だったかは忘れたが、ひたすらに豪華で、やたらとでかく、ちょっとしたおせち料理のようだったという記憶は残っている。そうだ、刺身まで入っていたのだ。だからきっと作りたてを配達してくれたのだろう。
フルーツだけでも巨峰にマスクメロン、オレンジと……といった具合で、しまいにはプリンまで入っていたくらいだ。
特大の焼えびや、脂の旨いステーキに大満足して、残すはデザート。甘いものの後に食べるフルーツは酸っぱく感じがちだから、プリンは後回しにした。
最後にとっておいたプリンだが、惜しい、せっかくここまで完成度の高い折り詰めなのだから、スプーンはつけるべきだったろうに、実に惜しい。
しかして箸で食べることとなったきっと手作りだろうプリン。満を持して口へと運んだ。箸で。
するとどうだろう。たちまちのうちに頭に衝撃が、いや、混乱が襲ってきた。
なんだ?私はなにを食べたのだ?その前にこれは口に入れていいものなのか?
風景がぐにゃりと曲がる感覚の中、プリンの味と自分の記憶を照らし合わせる。
しばらくのマッチング作業の末たどり着いた答え。それは「卵豆腐」であった。
よく見ればカラメルなどかかっていないではないか。形も四角いし。
そもそもいくら豪華な弁当であっても、プリンなど入れるはずはない。
「全く以て思い込みというものは恐ろしいものだ」
そんなふうに自分の愚かさと判断力不足を棚に上げつつ味わった卵豆腐はしっかりと立派な既成品の味がした。

そんなことを思い出しながら食べたサーティワンアイスクリームは、見た目以上に美味しかったのである。