とねりの庭

下々ノ者ノ下ノ庭


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立腹。

どーれ 海でも 撮ろうかねー
なんつって いそいそ 藤の川
暮れてますねー いいですねー
なんつって 三脚セッツ 藤の川
あーいいですよー 寄せる波
どうぞそのまま 藤の川

きがつきゃ かれでだ ふくらはぎ
ひい ふう みい よう いつ むう なな
たった じゅっぷん いただけで
かれだ かれだよ ななかしょも
おもえば くるまに あったのだ
むしよけすぷれー あったのだ

蚊絶滅シロ


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三つ子の魂

敬愛する先輩にランチをごちそうになった。その際私のカメラマンとしてのルーツをお話しすることになり、自分としても今までの歩みを振り返る機会となった。今一度ここでも振り返っておこうと思う。

宮古高校時代、合唱部と写真部に在籍していたおふくろは、社会人になってからも写真をを趣味としていたようだが、私が中学に入る頃にはカメラを持つことは減っていたと思う。
そんなおふくろからキヤノンのAE-1をぶんどったのはやはり中学に入って間もない頃だった。優秀なカメラだったが、レンズは50mmの単焦点一本。しかも絞りが1.8の開放で固まったままだった。知識のある人には解ってもらえると思うが、このレンズで日中の写真は撮ることができない。明るすぎるからだ。したがって私が写真を撮るのは決まって夕方以降、もしくは雨の日など光線の少ない日ということになる。それでも変わった被写体を見つけてはシャッターを切り、上がってきたプリントを眺めては悦に入っていたのだ。
いずれ、そんな標準レンズ+開放シバリで私のカメラマン人生が始まったのである。

数年前のblogで私は自らを「黄昏写真家」と呼んでいた。そして現在も夕景を好んで撮っている。しかも常用しているレンズは35mmの単焦点。APS-Cセンサで1.5倍となるため、事実上50mmのレンズということになる。さらには浅い被写界深度が描く前ボケ後ろボケ写真好き。
これは取りも直さず中学時代のままということではないか。これがいいのか悪いのかは解らないが、いずれあの中学時代の気持ちよさを今日までひきずっていることは確かだ。

ランチを食べ終えた先輩が「二三週間使ってみて」と私の目の前に一本のレンズを置いた。
14mmF2.8単焦点。超広角と言われる高級レンズだった。
私は超広角に対して超望遠の何十倍も魅力を感じているが、それはとても手の出せる世界ではなく、憧れることはあっても買おうと思ったことはない。
保護フィルタをつけることができない形状、せり出した前玉がひたすら恐ろしいが、大切に扱うことを約束し、先輩の行為に甘えることにした。

一枚目は友人を撮ったが、それは私と友人だけでしまっておくことにした。広角ならではのデフォルメは想像以上の破壊力だったからだ。
その足で風景をさがしてまわった。パースペクティブとデフォルメを切り取りたくて。

なかなかいい題材を見つけられずにいたが、まわりが夕焼けに変わるころホテルの屋上でこの景色に出会うことができた。
煙突的には日の丸構図だが、14mmを思えば寄せなくて正解だったと思う。
f/22-10秒-ISO100だが、おそらくf/16くらいのほうが空の色のためにはよかったかもしれない。そして、フルサイズだったなら、と思わずにいられなかった。

しばらくの間、この新しい世界におぼれられることが幸せである。
齋藤祐一先生、ありがとうございました。

以上、いつにも増して超マニアックな話題でした。


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東の空、夕立の声

 ───やっぱり考えは変わらないの?
今日二度目の問いかけにも君は答えてくれなかった。
こういうとき女性はさっぱりしているもので、だらだらと未練がましいのはいつだって男のほうと決まっている。

僕たちは今日、別れる。

最後のデートを提案したのは彼女。曰く僕のためなそうだ。
待ち合わせに指定された店は、僕が来たことのないイタリアンレストラン。昼下がりだがテーブルはすべて埋まっていて、店内は陽気な話し声で賑やかだった。見たことのない夏色のワンピースを着た君が慣れた様子で二人分の料理を注文をした。
所在なく俯いていると、彼女は僕にワイングラスをつき出してきた。
 「ほら、乾杯しよ」
これから別れるというのに、なにに乾杯すればいいのだろうか。そんな僕の気持ちが聞こえたのか、
 「あなたの明るい未来に」
と君は屈託のない笑顔を作り、グラスは澄んだ音色を奏でた。

次々と運ばれてくる料理は綺麗だったし、彼女の話声は終始明るかった。でも何を食べたのか、何を話したのか、あまりわからなかった。わかったのはこの一年楽しかったらしいこと、でも二人は一緒にいないほうがお互いのためらしく、それは決まったことだということ。そして、夏の恋は夏に終るものらしいこと。
それと、酒に弱い彼女が飲み過ぎると足腰が立たなくなることも今日知ったことだった。

夕方前だというのに足元がおぼつかない女性を抱えた僕は、道行く人の視線を一手に引き受け、汗だくでようやく川沿いのベンチにたどり着いた。慎重に彼女を座らせたあと自販機で水を買って戻った僕。ぐったりしている彼女の手にペットボトルを握らせた。
 「あじがど」
下を向いたまま見事な鼻声で彼女が言った。
僕は喉の奥が痛かった。

なにか言いたいけれど、言葉は出かかりもしなかった。聞こえるのは左側の小さな泣き声とハナをすする音だけ。自分の中の声は聞こえなかった。

いつの間にか鳴き出していた秋の虫に気づいた時、川はオレンジ色に輝いていた。そしてふたりに雨が落ちてきた。見る間に見事な夕立となった雨は虫の声も君の泣き声もかき消し、やがて僕の涙を呼んだ。

ふたり肩を揺らし泣いた。声を出して、子供のように。
涙も鼻水も夏の汗までも雨と混じってズボンにワンピースに落ち、やがて地面に吸い込まれてゆく。

ひとしきり泣いた僕らを洗い終わったころ、夕立はピタリと止んだ。
ますますオレンジ色を濃くした川。

すっかり濡れた髪を後ろに流した彼女はスッと立ち上がり僕の前に立った。
 「じゃね」
差し出された右手にどうしたものかと思案していると、君は不意にあっ、と声を上げた。
 「見て」
彼女の右手から顔を上げ、視線の先を追って振り返ると、そこには虹があった。
 「夕方にも虹が出るんだねー」
僕もベンチから立ち上がり、黄昏の虹を眺めた。
 「あなたと最後に見たのが、綺麗なものでよかった」
後ろから聞こえた声にまた喉の奥が痛くなり、僕は下を向いた。
ふたつの影が並んでいた。ベンチの背もたれに映る影は手をつないでいる。
 ───やっぱり考えは変わらないの?
僕の口から出ることはなかった問いかけに君が答えるはずもなかった。
やがてひとつの影が手を振り、遠ざかって行った。
思い出したように再び恋人探しを始めた虫の声が遠くに聞こえた。

夏の終わりに。
ニソップ物語 6
「東の空、夕立の声」
2012年8月18日


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「フラッペ」ってなんだよ。

数日前に「好きだからこそ」で書いた。
どうあっても、やっぱり、確実に、往く夏が切ない。
ちとキモいが、胸がギュウギュウな日々である。

どんなに仕事がうまく運んでも、
いっぱい笑える楽しい時間を過ごしても、
夜になると切なくなる。

なにかやり残したことがあるような焦燥感に胸が締め付けられる。
例えるなら、思いを伝えられないまま転校していったあの子を見送るようなそんな気持ち(そんな体験はないが)。

もっと話をしておけばよかったと後悔することは知っている。
それでもいつだって話したいことも話せないまま見送るだけ。
そしてそれはやがて思い出になり、思い出は美しさを増して積もってゆく。
たとえ思い出と呼べるほどの鮮やかさはなくても、
切なさとしてしっかりと刻まれる往く夏。
フラッペ結ばれることのない恋。
そんな安い言葉ですらも胸を震わせる、そんな季節なのだ。

でもかき氷は苦手です。