とねりの庭

下々ノ者ノ下ノ庭


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第四形態なう。

まったくもって、おじさん的私信など。

さすが厄年というべきか、良いも悪いもひっくるめて、ここ2年でいろんな変化があった。

2010年3月、慢性蕁麻疹発症。
一日二回アレグラを服用し続ければ、まったく生活に支障をきたさないが、薬を飲み忘れるとたちまち全身世界地図状のカイカイ地獄と化すが、命には関わらないめんどくさいだけの病気。医師には「平均して8年で治ることになってます」と言われたが、その説明に一生付き合っていく覚悟をした。それがどうも治っていたようだと、薬を飲み忘れた2013年1月に気づいた。
平均して8年で、一生治らないこともままあることを思えば、なんとも結構なことで。

2011年4月あたりから不眠症となる。
生まれてこのかた寝付きが良く、一度寝れば起こされても起きないという生粋の眠り職人だっただけに、これはショックだった。
寝付けないことに加え、眠りの深さも著しく低下し、就寝中に目が覚めることもしょっちゅう。それがどういうわけだか、今年になって軽減しつつある。対処などはしていない。

2012年秋頃、血圧上昇。
生まれてこのかたひどい低血圧。上90は当たり前、95で御の字だった。起こされても起きない寝起きの悪さはこの低血圧のせいに違いない。
血圧数値の上昇なんて一般的には歓迎されないことだが、私にとっては悪いばかりではなかった。現在65-115くらいだが、なんといっても朝の目覚めが格別。40数年目にして、ぱっと起きることの気持ちよさに感動する日々!目覚ましアラームが鳴る3分前に自然に目が覚める爽快さたるや!!
これもなにか対処したわけではない謎カイゼン。

2012年いつ頃だろう……肩こりが始まる。
生まれてこのかた、肩こりなどというものとは無縁だったのだが、いつの間にか肩や首や背中が苦しくなった。これかー肩こりは。世の中の多くの人々は、こんな切ない思いをしていたのかと初めて解った。
苦しいもんですねぇ、こるって。

2012年12月中旬、18歳から吸い始めたタバコをやめた(二年ぶり二度目)。
現在80日ほど経過したが、喫煙者に戻る気がまったくしない。キャリア20年を超える愛煙家だったのになぁ。

禁煙と関係がないとは思えないことで、体重の変化も挙げられる。
2012年1月、体重増加開始。
成長が止まった18歳時の体重58kg。以降筋量の減少とともに体重は減ったが、2011年まで55~56kgを完璧に維持していた。ところが2011年の春から体重が減り始め、去年などはたしか53kg台まで落ち込んだように記憶している。20年あまり増減しなかった体重が、一気に減るのは気持ちのいいものではなかったが、結局大きななにかがあったわけではなかった。ちなみに体脂肪率はというと、18歳の体重MAX時で8%前後、それからしばらく記録なしで、スイミングに通った30~35歳あたりが12%前後だった。激ヤセの去年はというと、さほど変わらず11%あたりだったのだが、それはスイミングしてた所の計測器と家庭用との違いかも知れない。
それで現在の体重はというと62kg!!! 自分の体重がこんなに増えるなんて思ってもなかったので、体重計の数字を見た時には、どエライ二度見をした。いやぁ、60kg台って、すげぇ!そんでも体脂肪率は14%で、体脂肪計曰く「標準マイナス」なそうだ。この体重と体脂肪率を持ってスイミングに行けたなら今まで感じたことのない浮力に感動するんじゃなかろうか。

自分のカラダの中で何が起こっているのか分からないが、変化しすぎだろうと思うここ数年。
いや一般的にこんなもんなのか?今までが変わらなすぎたのか?
悪い変化も含め、まんざらでもないじゃん四十代。変化するって面白いもんだね。

今調べてみたら2013年は後厄なそうだ。ということは今年いっぱいで厄ともおさらばなのかな。来年の節分まで?来年の誕生日まで?よくわかんないや。
いずれ、いつ消えても構わないと思っているけれど、痛いのはヤです。徐々に健康になりながら死にたいです。どうぞよろしく。
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なんなら厄明けてスグでもOKです。


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笠と地蔵

むかしむかあるところに、貧しいが心優しい老夫婦がいた。

明日は正月だというのに餅を買う金もないふたりは、笠を5つ作りそれを町で売ることにした。

町に出た爺は、大きな商店の軒先を借りて即席の笠屋を始めた。
しかしこの大晦日に笠を求める客などおらず、結局ひとつも売れないまま冬の早い夕暮れを迎えることとなった。

爺は、来た時と変わらない荷をまとめ、軒先を貸してくれた店主に、お礼の言葉と年末の挨拶をした。
爺の様子を不憫に思った店主は、売れなかった5つの笠全てを仕入れとして買い取ることを申し出た。
店主の言い値は、仕入れというには多少多めであり、爺もこれには心からの感謝をもって応じた。
爺は丁寧に礼を述べ、町を後にした。
ひとつ、ふたつと、雪が降りだした。

とっぷりと日も落ち、すっかり白くなった家路を歩きながら爺はしみじみと思った。
この大晦日に良い人に出会えてよかった。よい一年の締めくくりになった。しかも立派な餅まである。おかげさま、おかげさま。
爺は帰路の辻沿いに居並ぶ地蔵たちに手を合わせ、今日の出来事の報告をした。
年の瀬らしくしっかりと冷えた夜だったが、妻の喜ぶ顔を想像し、心の中からあたたかくなった爺であった。

ニソップ物語12
「笠と地蔵」
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元の話のあのオチは、お礼なのか、お情けなのか。
販売目的だったものの売れ残りを地蔵はどう思ったのか。
端から地蔵への寄進であったなら、地蔵はどう振舞ったのか。
起こるはずだった奇跡を、知らないままに死んでゆく爺は、本当に幸せといえるのだろうか。
そんなことをこの話を書きながら考えてしまったが、考えてみたところでなににもならないのだった。


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素敵爺。

「ぼくが車の広告の依頼をうけたとするなら、綺麗な風景の前に車を置きますけども、この広告の目的は、車を売ることではなくて、旅行に行きたいと思わせるように作ります。」
「移動手段は電車や飛行機になってしまうかもしれない。けれど、なににしても、反する姿勢で作っていかないといけないんです。」

自動車メーカーの車の広告なのに、横尾さんの思考はこうなそうで。
その名前と確固たる実績があってこその仕事とは思うけど、かっこいいよなぁ。
この話をしながらさらに1970年の万博でせんい館をまかされた時の話を引き合いに出した。万博反対派なので、せんい館パビリオンをまかされつつも「反博」という言葉と共に、実にらしいデザインに作り上げた。どんなものか分からない人は検索してみるといい。
ちなみに1970年は、彼の体に霊界との通信装置が埋め込まれた年でもある。

彼はさらに続けた。ただし、実際に作ったのか、作りたいのかは聞き取れなかった。悪しからず。
「自動車メーカーのカレンダーなら”車の死”を表現します。男の車と女の車が、高い崖から心中する様子を描いたものが1月。バラバラになって、部品とか散らばっているのが2月とかね」会場爆笑。

「それでも広告はお金をもらっているから”作品”ではありません。作品とは考えない。工業的、クラフト、職人的な気分。」
「職人は毎日やることが決まっていますので、朝起きてさて今日はなにをしよう、ということはありませんが、アーティストはそれがあります。」
「ポスターは仕事、デザインは生活。飯を食うためデザインはより好みしないで可能な限り引き受けます。画は売れるかわからないから、人生。」

ああなんて素敵な喜寿男だろうか。

最後にもう一つ。
70歳の時に隠居宣言をした彼ですが、隠居しつつもデザインやポスター制作なんかの「飯を食うための」仕事はしますなそうで、
「その日はね、隠居を休むの」
だってさ。
で、すぐに
「なるほど”隠居の休日”だね」
と返した80歳の天野さんもまた素敵だった。

~横尾忠則・天野祐吉トークショー/岩手県立美術館~
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ラブオマージュ宮古Y字路ii


2件のコメント

そういや免許更新だ。

高校生あたりから自覚していたことなんだけど、ぼくは自分の年齢をはっきりと覚えられない人間なんです。
今41か42歳だろうとは思うけど、はっきりとどっち!と言い切るまでの自信はない。
でも40とは違うし、43でもないという感じはある。感じはあるってだけで自信満々ではないけれど。

生年月日はというと、これは元号も西暦もはっきりわかっていて、あやふやになるなんてことはない。
でも自分以外の人の誕生日は、たとえ家族であろうとほぼ100%覚えられない。だから祝うべき人の誕生日はケータイのスケジュールに入れてある。ちなみに自分以外の生年月日で唯一覚えているのは母親のだ。
これってきっとなんかが欠落してるとか、脳障害の一種とかなんだろうか。こんなピンポイントの欠け方があるかどうかなんて分からない(まあ無いだろう)けど、あるとしたらどっか可笑しくてなんか好きだ。

さてこの症状があるとどういうことがおこるか。
店頭でなにかの申込書を記入する時、生年月日はスラスラと書けるのに、年齢欄でペンが止まるということがおこる。
なんの申し込みか忘れたけど、そんな私を見て相手がえらく怪しみ、本当にご本人様ですかと訊ねられた上に、干支を言わせられたことがある。ちなみに、干支や星座に不安はない。
以来年齢記入欄はそのときの勢いのまま迷わず書くことにしている。自分と同じ生まれ年でない限り、41歳か42歳かなんて相手にわかるはずもないのだ。まして生年月日を書いておるではないか。
この方法で、すみません違っていたのでもう一度……などということになったのは一度くらいあったけど、まぁなかったな。結構いいかげんなもんだね。

……ということは、ぼくの頭のテキトーさは、世の中の程度とさして変わらないってこと?
なんだよー。なんだか安心しちゃったなぁ。

……
なにこれ。
これ着地点?
書き出しん時に思ってたのと違いすぎてびっくりしちゃった。
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あれ?今年って何年だったけ?2012?13?的なのの妹分みたいなもんだと思って可愛がってくださいね。


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鍵。

3世紀は西暦201年から300年の間だから、その後半なら西暦251年から300年……んー何年前だ?
めんどいから1700年ぐらい前としておくけど、そんだけ昔のもので、それは人の手によるもので、しかも意図的に残そうとしていたものが現代に残っていているって、すごいな。
それが今の今まで保護されてきたことも、よく考えるとすげぇ。
んでさらに、1700年(?)経った2013年に初めて調査されることになったって、とんでもなさすぎてなんだか目眩すら。

いったいなんの話かといいますと、宮内庁が箸墓(はしはか)古墳と西殿塚(にしとのづか)古墳の立ち入り調査を許可することにしたという話。
箸墓古墳は最古級というだけではなく、あの卑弥呼の墓という説もある。
たいして歴史に興味はないぼくですらワクワクするのだから、その業界の人々の人々の興奮具合たるやさぞかしだろう。

早ければ今月末にも着手とのことだから、これから日々のニュースが楽しみだ。
そしてなにも包み隠さない完全ドキュメントも是非にと願う。
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前方後円墳は地球の鍵穴だと思う。