とねりの庭

下々ノ者ノ下ノ庭


コメントする

またねではなく、さようなら。

あと数時間で今年度が終わる。
明日新年度最初の日が月曜日というところに気持ちよさを感じた。
4月1日が日曜だったならきっとそんなふうに感じることはなかったろう。
月曜はじまりに身体が馴染んでいる?
そんな風に思えて少し残念な気持ちになった。
でもそれだけ。
そもそも「年度」というものが好きではない。
その中で生活をしてはいるが馴染んでいるなんて思いたくない。
でもそれだけ。
また明日から毎日を過ごす。
それだけのことだ。
niso13_475
はなむけはようやくの福寿草。


2件のコメント

そうべつかい

niso13_467
あー、よっちゃったなー。
いっぱいのんじゃったなー。
だってそーべつかいだったからさー
しょーがないよねー
よってもいーじゃーんねー
大切なひとがいなくなるんだもんなー
しょーがないよねー
niso13_476
いや、そこまでじゃない
おとこだし。


4件のコメント

夢の。

あと一週間ほどで3月が終わる。
官公庁関連の仕事の納期がこの年度末なのだが、それと同時に卒業関連の仕事も重なるので、一年を通してみてもトップクラスの繁忙期である。
それにしても出会いと別れに関わる仕事は、非日常のことでもあり、なかなかに感慨深く、忙しくはあっても嫌いではない。

何年取材しても楽しいのは、子供が語る「将来の夢」だ。
ワールドカップイヤーにはサッカー選手、オリンピックイヤーにはその年の活躍した種目が、将来の夢に登場する。これはいつになっても同じ。
夢を語る子供の瞳や表情の眩しさに目を細める心地よさたるやである。

一方で我々の時代の定番である「野球選手」は今の時代ほとんどない。パイロットやF1レーサーも無い。3、4年前はそこそこ居たお笑い芸人というのもめっきり減った。

じゃあイマドキの子供が語る「将来の夢」とは?
来月から中学生になる小学六年生のダントツ一位は男女とも「公務員」。
「私は公務員になって、たくさんお金を貯めて、安定した生活をしたいです」とカメラの前で発表する子供が何人もいるが、警察官とか消防署員、あるいは県職員などと具体的な職種ではなく、あくまでも「公務員」と言っちゃうあたりに親の入れ知恵臭を感じてしまうのは気のせいだろうか。

続いて多いのは「介護福祉士」。これは先出の公務員よりもよほど具体的である。同じように「看護師」もそれなりに居るが、なんとも現実的で、どうも“夢”というよりも“目標”に思えてしまう。
おじさんからすると、この素晴らしい現実的な目標を持った上で、夢は夢として別に持ってみたらどうだい?と提案したくなる。
といいつつも、自分の子供らにも同じように、将来の職業を考えさせることとは別に夢を考えさせてたかしらと思い返し、その危うさにまた酒をあおってしまうのである。

気を取り直し、幼稚園児の「大きくなったら」で印象深かったものを書きだしてみる。
サッカーボールになりたいです(選手と言いたかったんだね)
消防車になりたいです(消防士?と聞き直すも、頑として消防車なそうだ)
お地蔵様になりたいです(和尚さんかお坊さんの間違いか?)
コンビニの店員になりたいです(ここ数年で急増。きっと夢は叶うよ☆)
パティシエになりたいです(昔は「ケーキ屋さん」と言ったものだ)
牡牛座をやります(先生に訊いたら、両親がやっているスナックとのこと)

微笑ましい。
でもやっぱり語っている(語らせられている?)のは将来の職業だ。
まぁ幼稚園児保育園児の場合は「大きくなったら」なので、間違いではないし、その職業が夢でもおかしくはなく、夢がその仕事というのも正しい答え方ではある。
けれどそれとは別に、純粋な「夢」を語らせるのもいいなと、今思った。親としても、また、自分が成長してから見返すとしても楽しいんじゃなかろうか。次年度は先生に提案してみよう。

やー、それにしても夢かー。
んー、夢なぁ。
niso_1310
夢なぁ……。


2件のコメント

価値。

100億円もらえるかわりに、両目が見えなくなります。どうしますか?
そう言われて100億もらう人は少ない。
それはつまり、人は100億円以上の価値があるものを持って生まれてきているということ。しかもいくつも。

こう言っちゃぁなんだが、そんなこたぁ分かってんのよ。
分かっちゃいるはずなのに、なんでなんだろなぁ。
いつもすぐそばにあるもの、身近なものってのは、どうしたって当たり前に思ってしまう。

いつになったら身につくのかなぁ。
niso13_465
これなにで読んだんだっけなぁ。