とねりの庭

下々ノ者ノ下ノ庭


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強門。

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傷口にうんこ塗る。
きっといい結果にはならないだろう。

でもどうだ。
野太いうんこで切れた肛門がいつまでもへこたれているところを私は見たことがない。
まあ肛門自体見ようと思ったことも(そんなに)ないけれども。

昨日の朝に鬼の棍棒みたいなのをひりだした結果ピッと切れた。
しかし今日の夜にはもう治っていた。

なんだこれ。

手の切り傷だって翌日に治ることは稀だ。
なのになぜいつも肛門裂傷はすぐに治るのだ。
ましてうんこの近所にお住いだろうに。
というかほぼ同居しているような切っても切れない仲。
ここで切れるとか切れないとかはややこしいけれども敢えて。
この早さに対する驚きたるや久しぶりに会った同級生ん家の子供の成長など比較にならないほど。

このブログをお読みになっている医療系研究者の諸君よ。
うんこは塗り薬です。
とは思わないが肛門の細胞あたりを研究してみてはどうか。
もしかしたら傷口再生ひいては人の若返りにも使える一大発見があるかも知れないぞ。

しかし明日から各大学や研究施設で繰り広げられるであろう絵面は想像したくないな。
ということで寝る前に脳内画像をリフレッシュすべく高野苺orange第5巻を読んでから寝ることにする。
おやすみなさい。次からは読点使います。


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なんてこった……。

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「そろそろ紅葉が見頃の今週末ですが、天気は崩れそうです」
放送中の天気情報を聞いてはげしく驚いた。
岩手県内での紅葉の見頃などとっくに終わり、最低気温は-5度を下回る日もあったので、深く考えずとっくに冬な気がしていたのだが、本当に驚いたのはそのことではない。日本列島が縦に長く、北と南の季節感は半月から一ヵ月違うことなど、当然理解していたのにもかかわらず、日本中もう冬だと思い込んでいた自分に驚いたのだ。こんなバカな思い違いというか思い込みは、大人になってから初めてのこと。これは日々の仕事に追われていたなどという言い訳で済まされはしない。間違いなく、脳の老いだ。
今まで感じてきた加齢による身体の衰えや増えた物忘れなどは、歓迎こそしないが、かわいいと思ってきた。いずれ来るものが来たというだけのこととすんなり受け入れてきた。がしかし今回の件には大いに落胆したとともに恐怖も感じるほどだった。

今少しキーボードから手を離し、なぜこんなに落胆したのか冷静に考えてみた。
はっきりとした答えは出せなかったが、おそらくは、物忘れなどの自分一人のことであれば許せるが、周囲のことが見えなくなっているとか、広い視野を失ったとか、常識的なことが欠落し始めたなどといったことに起因しているように思えた。

家族含めて周囲に迷惑はかけたくない思いはあるので、まだ自分で判断できるうちに脳神経外科などに診てもらうことも考えておかねば。
自分が若年性アルツハイマー病になる可能性も大いにあるのだ。
ん~まいっちんぐ!!!!!!!


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梨とみかんと長芋と。

大好きな梨も終わりに近づき、だんだんとみかんの季節になってきた。
といっても正直みかんは梨ほど好きではない。たしかにおいしいと思うし、気が向けば手を伸ばすけど、自分で買ってまで食べようとは思わないくらいの位置。女子で喩えるなら、友達ではあるけれど、絶対に恋人にはならない関係。そんな自分はさしずめ痩せ人参ってとこだけども。

昨夜は料理番。立派な長芋があったので、長芋のハーブソルト焼きを作った。皮をむいて輪切りにし、オリーブオイルをひいたフライパンに並べたらハーブソルトをふりかけて両面焼く。出来上がり際に溶けるチーズをたっぷりとふりかけて完成。
いつもの千切りやとろろと違って洋風だし、たいがい小鉢クラス止まりの彼を、メインステージ(低っ!)に引き上げることもできる。
焼き上がりを待つ間、買い置きされていたみかんを食べた。今シーズン初みかん。これがあまりにおいしくて、ついぞふたつめにも手をのばした。友達以上への昇格も考えなきゃな。

垂れ流しの国会中継から、「手で剥ける温州みかん消費がカナダで好調」とか聞こえてきた。「クリスマスオレンジ」「テーブルオレンジ」とも呼ばれているらしい。なんかステキ。呼び方ひとつで印象は変わる。ネーミング、大切。
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国会答弁で、議員同士が互いに「先生」と呼び合うの……気持ち悪いです。


責任は大人にある。

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小学六年生が大麻を吸ったと言ったとか、中学生が無免許で自動車を運転したとか、高校生が300個の生卵を高速道路に投げ込んだとか続けざまにニュースが伝えていました。
こういったことはどうしても注目を浴びるんですけど、横断歩道でお年寄りの手を引いてあげたり、電車で席を譲ってあげている子供のほうが、間違いなく多いはずなんです。
そして、それらの子以外の大多数は、とくにいいこともしないけど悪いこともしないといういわゆる「フツウ」の子供です。

判断力しかり、まだ世の中での振る舞いや自分の立ち位置が解らない成長只中の年齢というのは、周りの情報と自分の考えを秤にかけ頭のなかで分析し、蓄積していきます。しかし、その頃の脳のフィルタは、自分の興味側は通しますが、自分にとって都合が悪いことなどは排除あるいは薄めてしまう傾向にあります。
ですので、大麻を吸ったり自動車を運転することは、「かっこいい」や「大人じゃん」と変換され、その後の厳しい処分は耳に入りはしても、脳には残らないこともしばしばあります。生卵投げ入れを扱ったあるニュース番組では、「『ドライバーのびっくりした顔を見るのが楽しかった』などと話しています」との供述を伝えていました。これを判断力が未熟な子供が受けると、「生卵を車に向かって投げ込むと、びっくりした顔が見れるんだな。楽しいのだな」が印象として残る可能性があるということです。

よくスポンジに喩えられる成長中の子供の脳は、文字通りいいことと悪いこと両方を吸い込みます。それを大人がコントロールするのは、この時代とても難しいことです。しかし、子供の秤、判断の基準をつけてあげることはできます。大人がニュースを理解して、それについて子どもと会話する、感想を述べ合うとか。こんなことを言うと、理想論と切り捨てられますね。もっともです。忙しい現代の大人には努力が要ります。働く人が定時に帰宅できるようになるには、社会の変化も要りそうです。がしかしそれでも今できている人もいるのは事実です。たしかに子供は勝手に育ちますが、その中身には親が責任を持つべきです。大きな事件が起きてから責任のなすりあいをするのはばかげていますし、それこそ無責任です。
いいニュースは増えるべきなのですが、いいところ新聞の地方ページや「声」などに載るのがせいぜい。残念なことです。人助けやゴミ拾いができる子供は、それまで取り込んで蓄積した「いいこと」と「悪いこと」の情報の中から「いいこと」を選択して行動しているということです。悪いニュースに比べてだいぶ少ないはずのいいニュースや情報を大切に保存しています。
先に挙げた、大多数のいわゆる「フツウ」の子供は、どちらの可能性も持っています。もちろん「フツウ」のままでも十分すぎるほどに素晴らしい。なんならちょっとくらいワルだっていい。中心に通る芯の部分さえ育っているなら、そうそう大変なことにはならないはずです。そのためにも、日頃から会話をすること。たまには小耳に挟んだいいことを話して聴かせたり、わるいことについて意見交換をしてみたりする。そうすれば、思いもよらない答えや質問も出てきて、それによって互いを知ることもできます。子も育てば自分も育ちます。どうかなおざりにしないでください。日本の将来がどうなるのかは、今の大人の振る舞いしだいで変わります。


6件のコメント

なんでだす?

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U-CAN新語・流行語大賞ノミネート
当社イチオシの「びっくりぽん」はノミネートならず_no
推測だけど、ちょっと遅かったのかな。放送開始があと一ヵ月早ければ……と言っても仕方あらしまへんけどな。

「朝が来た」で、近頃気になっていたことを、ひとつ。

急 に 猫 の 出 番 が 増 え ま し た ね 。

猫にまっしぐらな私にとっては喜ばしいことではありますが、「猫出しときゃ数字上がんじゃね?」などと途中で思いついたような唐突感もりもり。なんとなく、あざといわーって感じ。

さ、仕事しまひょ。