とねりの庭

下々ノ者ノ下ノ庭

責任は大人にある。

niso_15b073
小学六年生が大麻を吸ったと言ったとか、中学生が無免許で自動車を運転したとか、高校生が300個の生卵を高速道路に投げ込んだとか続けざまにニュースが伝えていました。
こういったことはどうしても注目を浴びるんですけど、横断歩道でお年寄りの手を引いてあげたり、電車で席を譲ってあげている子供のほうが、間違いなく多いはずなんです。
そして、それらの子以外の大多数は、とくにいいこともしないけど悪いこともしないといういわゆる「フツウ」の子供です。

判断力しかり、まだ世の中での振る舞いや自分の立ち位置が解らない成長只中の年齢というのは、周りの情報と自分の考えを秤にかけ頭のなかで分析し、蓄積していきます。しかし、その頃の脳のフィルタは、自分の興味側は通しますが、自分にとって都合が悪いことなどは排除あるいは薄めてしまう傾向にあります。
ですので、大麻を吸ったり自動車を運転することは、「かっこいい」や「大人じゃん」と変換され、その後の厳しい処分は耳に入りはしても、脳には残らないこともしばしばあります。生卵投げ入れを扱ったあるニュース番組では、「『ドライバーのびっくりした顔を見るのが楽しかった』などと話しています」との供述を伝えていました。これを判断力が未熟な子供が受けると、「生卵を車に向かって投げ込むと、びっくりした顔が見れるんだな。楽しいのだな」が印象として残る可能性があるということです。

よくスポンジに喩えられる成長中の子供の脳は、文字通りいいことと悪いこと両方を吸い込みます。それを大人がコントロールするのは、この時代とても難しいことです。しかし、子供の秤、判断の基準をつけてあげることはできます。大人がニュースを理解して、それについて子どもと会話する、感想を述べ合うとか。こんなことを言うと、理想論と切り捨てられますね。もっともです。忙しい現代の大人には努力が要ります。働く人が定時に帰宅できるようになるには、社会の変化も要りそうです。がしかしそれでも今できている人もいるのは事実です。たしかに子供は勝手に育ちますが、その中身には親が責任を持つべきです。大きな事件が起きてから責任のなすりあいをするのはばかげていますし、それこそ無責任です。
いいニュースは増えるべきなのですが、いいところ新聞の地方ページや「声」などに載るのがせいぜい。残念なことです。人助けやゴミ拾いができる子供は、それまで取り込んで蓄積した「いいこと」と「悪いこと」の情報の中から「いいこと」を選択して行動しているということです。悪いニュースに比べてだいぶ少ないはずのいいニュースや情報を大切に保存しています。
先に挙げた、大多数のいわゆる「フツウ」の子供は、どちらの可能性も持っています。もちろん「フツウ」のままでも十分すぎるほどに素晴らしい。なんならちょっとくらいワルだっていい。中心に通る芯の部分さえ育っているなら、そうそう大変なことにはならないはずです。そのためにも、日頃から会話をすること。たまには小耳に挟んだいいことを話して聴かせたり、わるいことについて意見交換をしてみたりする。そうすれば、思いもよらない答えや質問も出てきて、それによって互いを知ることもできます。子も育てば自分も育ちます。どうかなおざりにしないでください。日本の将来がどうなるのかは、今の大人の振る舞いしだいで変わります。

作成者: にそ丸

■東京から一番時間距離のあるまち、岩手県宮古市のとある庭から見える田舎の風景を。

コメントは受け付けていません。