とねりの庭

下々ノ者ノ下ノ庭


コメントする

笠と地蔵

むかしむかあるところに、貧しいが心優しい老夫婦がいた。

明日は正月だというのに餅を買う金もないふたりは、笠を5つ作りそれを町で売ることにした。

町に出た爺は、大きな商店の軒先を借りて即席の笠屋を始めた。
しかしこの大晦日に笠を求める客などおらず、結局ひとつも売れないまま冬の早い夕暮れを迎えることとなった。

爺は、来た時と変わらない荷をまとめ、軒先を貸してくれた店主に、お礼の言葉と年末の挨拶をした。
爺の様子を不憫に思った店主は、売れなかった5つの笠全てを仕入れとして買い取ることを申し出た。
店主の言い値は、仕入れというには多少多めであり、爺もこれには心からの感謝をもって応じた。
爺は丁寧に礼を述べ、町を後にした。
ひとつ、ふたつと、雪が降りだした。

とっぷりと日も落ち、すっかり白くなった家路を歩きながら爺はしみじみと思った。
この大晦日に良い人に出会えてよかった。よい一年の締めくくりになった。しかも立派な餅まである。おかげさま、おかげさま。
爺は帰路の辻沿いに居並ぶ地蔵たちに手を合わせ、今日の出来事の報告をした。
年の瀬らしくしっかりと冷えた夜だったが、妻の喜ぶ顔を想像し、心の中からあたたかくなった爺であった。

ニソップ物語12
「笠と地蔵」
niso13_460

元の話のあのオチは、お礼なのか、お情けなのか。
販売目的だったものの売れ残りを地蔵はどう思ったのか。
端から地蔵への寄進であったなら、地蔵はどう振舞ったのか。
起こるはずだった奇跡を、知らないままに死んでゆく爺は、本当に幸せといえるのだろうか。
そんなことをこの話を書きながら考えてしまったが、考えてみたところでなににもならないのだった。


コメントする

寂しい駅

無人駅の待合室。

新里方面での仕事があったので、JR岩泉線いわてかりや駅に立ち寄った。
外の乾いた冬の風こそ這入ってこない待合室だが、気温は外と変わらない。
腰を下ろせば冷たいであろうことは容易に想像できる化粧合板のベンチに、ぼくは敢えて座ってみた。
niso12_350b

体の芯を叩くようなその冷たさに背中を丸めて室内を見渡した。
かつて有人駅だったことをうかがわせる窓口には大きな板が打ち付けられている。
どこかに人のぬくもりがありはしないかと探してみたが、部屋の対角にそれぞれ離れ離れにされたモップと箒が寂しさを増幅させただけだった。

運休したままのJR岩泉線。きっとこのまま廃線になり、いずれはなくなるであろう駅舎。
のべ何人の人たちがここに座り、ここを去っていったのだろう。
そんなありがちな空想をしながら、擦れて丸くなったベンチの角をなでてみると、合板の座面よりもやわらかで、少しだけあたたかい気がした。
白い息が高くもない天井に昇っていった。

ニソップ物語11
「寂しい駅」

現在この駅舎は、列車の代行として走っているバスの待合所として使われている。
TOPバナーの座面がビリジアンカラーのベンチは同じ駅の外、駅舎の線路側にあるのだが、線路が使われなくなった今、座る人はほとんどいないだろう。
今度は雑巾持参で座りに来ようと思った。


2件のコメント

七年の間繰り返し思っていたのは、両親から受け継いだ記憶。
空、樹、土、雨、鳥。一度も見たことはないけれど、全部しっている。

眠りから覚め、ぼくは地上を目指し上へと掘り進んだ。やがて記憶にはない硬い物に突き当たったので、空気の匂いがわずかに強い西へと方向を変えた。先に行った兄弟達が掘った道に出ると、その匂いがぐんと強くなった。

記憶にない硬い物の隙間に手をかけて、よいしょと地上に這い出た。記憶にある夜明け前の明るさがあった。
辺りを見渡すと、硬い物から生えた草がいくつもあった。兄弟達が着替えた跡もある。ぼくもそこで着替えを済ませよう。そう思い草へ向かったところで鳥に咥えられた。

躰が壊れてゆくバキバキという音を聞きながら、遠くなる地面を見ていた。よくしっている見慣れた光景だった。
兄弟たちの声が遠くに聞こえる。ぼくが今日こうして鳥に捕らえられたことで助かった兄弟たちの声だ。
地面がさらに遠くなり、空が近くなってきた。
ひとつ、またひとつと増えてゆく兄弟たちの声が小さくなる。地面も空も見えなくなってきた。
ぼくは、ぼくの役目を果たした。
うれしくて

ニソップ物語 10
「蝉」